おニュー!芸能トピックス

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    渡部 (わたべ けん、1972年〈昭和47年〉9月23日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者。お笑いコンビ「アンジャッシュ」のツッコミ担当。相方は児嶋一哉。 東京都八王子市出身。プロダクション人力舎所属。祖父は満州で撫順セメント取締役や南満州鉄道参事を務めた梅本正倫。妻は女優の佐々木希。
    佐々木 希(ささき のぞみ、1988年〈昭和63年〉2月8日 - )は、日本の女優、ファッションモデル。旧姓同じ。本名は渡部 希(わたべ のぞみ)。 秋田県秋田市出身。トップコート所属。

    渡部建 “1年仕事ゼロ” にあった現場の根強い拒否反応…いっぽう佐々木希には「起用してあげたい」の声続出  

    1 爆笑ゴリラ ★ :2021/09/19(日) 07:01:34.75 ID:CAP_USER9.net

    9/19(日) 6:00配信
    SmartFLASH

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    「渡部さんの不倫が報じられたのは昨年6月。報道後、渡部さんはすべてのレギュラー番組10本を降板。芸能活動を自粛しました。スポンサーなどへの違約金は1億円超えと言われていましたが、その支払いも自腹で済ませたそうです」(芸能関係者)

    2020年大晦日の特番『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)での復帰が報じられたものの、頓挫した渡部建(48)。その後も“1年間仕事ゼロ”のままで、禊の主夫生活を送っている。

    「『ガキ使』の報道には《禊は済んでいないはず》と非難の声が殺到しました。そこからマイナスイメージを払拭できておらず、いまだに何をやっても叩かれてしまう図式が続いているのです。日テレ上層部もすっかりおよび腰で、渡部さんの復帰に手を差し伸べることに消極的になっているそうです」(前出・芸能関係者)

     渡部の復帰が難しい理由には、もう一つあるようだ。

    「もともと渡部さんは、『人によって態度を変える人だ』という評価も上がっていました。そのため、彼に拒否反応を示す人がいたのです。実際に『1年もたったし、そろそろ復帰させてあげたい』という声が出てきてもおかしくなさそうなものですが、今もプロデューサーやディレクターなどの現場スタッフのなかで『渡部さんのために一肌脱ごう』『渡部さんと一緒に仕事をしたい』という人は少ないようです」(前出・芸能関係者)
     
     いっぽうで騒動後、仕事のない渡部に代わって家計を支えているのは妻の佐々木希(33)だ。今年3月には、約4億円のマンションを現金で一括購入したことが報じられている。仕事を選ぶことなく、バラエティ番組にも積極的に出演。6年ぶりの舞台『酔いどれ天使』にも挑戦している。

     そんな佐々木に対して今、映像・舞台関係者から「作品に起用してあげたい」と応援の声が続出しているという。

    「佐々木さんは子育てをしながら、仕事のない渡部さんに代わって一家の大黒柱としても奮闘しています。たしかに特別、演技が上手というわけではないかもしれません。バラエティも不慣れで、コメントも今ひとつかもしれません。それでも健気に頑張る姿に、胸を打たれる人が増えているのです。関係者からも『やっぱり美人だし、話題性もある。どこかで使ってあげられないか』と、起用に前向きな声が出ていると聞きました」(スポーツ紙記者)

     渡部と佐々木、現場からは“正反対”の評価が下されているようだ。


    https://news.yahoo.co.jp/articles/6ff20569791217168cfecb65f80f8d2b0288f8d5


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    箕輪 はるか(みのわ はるか、1980年(昭和55年)1月1日 - )は日本の女性お笑い芸人。お笑いコンビハリセンボンのボケ担当。相方は近藤春菜。 東京都府中市出身[要出典]。吉本興業所属。 武蔵野市立第四中学校、東京都立保谷高等学校、早稲田大学第二文学部思想宗教系専修卒業。2003年、ハリセンボンを結成。

    実は早稲田卒のハリセンボン箕輪はるかが告白 「大学4年間で友達ゼロ」の過去とインテリ芸人ぶらない理由

    1 湛然 ★ :2021/09/19(日) 07:14:34.66 ID:CAP_USER9.net

    実は早稲田卒のハリセンボン箕輪はるかが告白 「大学4年間で友達ゼロ」の過去とインテリ芸人ぶらない理由 〈dot.〉

    9/18(土) 11:00 AERA dot.(構成/AERA dot.編集部・飯塚大和)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/87d05fe9f5b83e1bda07e6e10cbf516bb219de7f
    ハリセンボン箕輪はるかさん(写真提供/吉本興業)

    (出典 amd-pctr.c.yimg.jp)
     
     細身のシルエットから独特の笑いを生み出すハリセンボンの箕輪はるか(41)。実は意外にも、早稲田大学卒の“インテリ芸人”だ。早大OBには小島よしおやラサール石井をはじめ、クイズ番組で活躍するタレントも多い中、箕輪はクイズ番組への出演機会は少ない印象がある。大学時代のエピソードを披露することも決して多くはないが、一体なぜなのか。本人が早大在学中の過去を語る中で、意外な理由が見えてきた。

    ――箕輪さんは早稲田の第二文学部を卒業。難関私大に合格するためには努力も必要だと思いますが、受験勉強は相当されていたのでしょうか。

     たぶん直前とかは1日10時間以上やっていたと思います。私は塾には行っていなくて、独自のやり方をしていました。たとえば集中するために、受験前の一カ月間は家から一歩も外に出ないと決めて勉強。受験当日に久しぶりに外に出て、太陽が眩しすぎてくらくらしたので、あまりおすすめはできませんが……。

    ――やはり熱心に勉強されていたのですね。早稲田に行きたいというモチベーションはどこから湧いていたのでしょうか。

     奨学金が充実していたことが大きかったですが、早稲田に憧れもありました。テレビで見たことのあるキャンパスに自分が行けると思ったらテンションが上がりますし、未来がすごく明るく見えて。学生数も多いですし、友達もたくさんできて楽しく過ごせるのかなという淡い期待がありましたね。

    ――実際に進学してみて、思い描いていた大学生活とギャップを感じることはありましたか。

     私が見ている風景は、人がいっぱいいてみんな楽しそうで、まさにイメージ通りでした。でも、そこに「自分がこんなにも入れないんだ」っていうギャップがありましたね。どういう入口からあの輪に入ればいいんだろうって……。せっかく志望校に入れたのに、そこで挫折感を味わいました。

    ――当時の大学生活を振り返ってみていかがでしたか。

     友達がいなくてサークルにも入っていなかったので、ひたすら家と学校の往復でした。授業を一人で受けて、授業が終わったらすぐに帰るみたいな4年間でしたね。

     授業が1コマ空いた時は、中央図書館の地下にこもって過ごしました。図書館は一人でいても浮かないので落ち着きましたね。自動書架のスイッチをカチャカチャ押して、書棚を動*のがすごく楽しくて。それをずっとやってましたね。それを押すことで、私は早稲田のものを動かしているんだ、早稲田に通っているんだという実感を得ていました……。

    ――4年間、友達は誰もできなかったのでしょうか。

     一人もいなかったですね。授業もずっと一人。一応、授業を取ってる期間だけしゃべる程度の子はいたんですけど、その場限りで。

     芸人になった後に、友達がいなかった早大OB同士で対談する企画があったんですけど、対談相手が「友達がいないから『マイルストーン』という雑誌から授業情報を得ていました」と言っていた。早稲田生なら誰でも知っている雑誌らしいんですけど、私はそれすら知らなくて……。「え、マイルストーン知らないんですか」って、友達がいなかった子にも驚かれるくらい。それで、本物の孤独だったんだなと実感しました。

    ――図書館以外で、楽しみは見つけられましたか。

     徒歩10分ほどある戸山キャンパスから早稲田キャンパスの間を移動するときに、最短ルートを模索していた時期がありました。それで、めちゃくちゃ良いルートを見つけたんです。人通りも少なくて裏道っぽいところで。誰かにおすすめしたかったけど、友達がいなかったので私だけの道みたいにしていました。


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    出川哲朗


     お笑いタレントの出川哲朗(57)が18日、ニッポン放送「サタデーミュージックバトル 天野ひろゆき ルート930」(土曜後1・00)にゲスト出演。30年来の仲であるお笑いコンビ「キャイ~ン」のコンビ愛について語る場面があった。

     パーソナリティーの天野ひろゆき(51)から「隊長」と呼ばれている出川。天野が相方のウド鈴木(51)と“コンビ格差”があった苦節時代のこともよく知っているという。「キャイ~ンはね、すごいんですよ。コンビ愛がすごいの」と前置きしたうえで、「最初の頃、ウドちゃんがおもしろ過ぎて目立ち過ぎて、ガキ使(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!)とか有名な番組とか、みんなオファーがウドちゃんにきちゃってたの」と出川。

     当時、テレビ局からの単独オファーに対し、「キャイ~ン」の初代マネージャーとウドは、コンビでの出演を貫いたという。「天野っちは正直つらかったと思う。だけどもウドちゃんも本当にアイツは男だから、『僕は天野君とやりたいんです。僕1人のオファーは全部断ってください』って」と振り返りつつ、「当時そんなチャンスなんてないし、お笑い番組も今ほど多くない。でもガキ使とかあんな人気番組からのオファーも断るの。それを見ていた天野っちは頑張らなきゃとなって、そっからだんだん出だしたらツッコミおもしろいじゃん!となって、冠番組を持つようになったり…」と回顧した。

     コンビの成長を間近で見続けてきた1人として、「このキャイ~ン愛があったからこそ、今のキャイ~ンがまだ続いているんだな」と出川。「この2人の結びつきを俺は、雨上がり決死隊に本当に…」と言葉を濁しつつ、「いやいや。(雨上がりに)もうちょっと会話があったらなとやっぱり思っちゃったのよね」と心境を吐露。出川の熱弁に対し、天野は笑いつつも、「関係性としては、ウドちゃんはいまだにテレビ終わってもすぐ電話して全部話すから。何でも話すような関係だから」と打ち明けていた。

    キャイーン に対する画像結果.サイズ: 252 x 160。ソース: matome.naver.jp

    出川哲朗 キャイ~ンの“コンビ愛”に感服も「雨上がりにもうちょっと会話があったら…」 (msn.com)

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